料亭予定地

愛の鳥   チェックイン 3

2019/07/21
長編小説





 東京が懐かしい。東京に帰りたい。ごみごみした匂い、排気ガス、唐突に現れるぎらぎらしたアニメの看板、薄黒いアスファルト、どぶ川にかかる橋に一目もくれない足早に歩く人々の群れに紛れたい。その先に待っているひとに、会いたいよ。

 違うの。わたしが聞きたい声は違うの。

──どうしたの、大丈夫?

 優しい声、抱きしめて頬ずりしてくれる柔らかな胸だ。

 ここに今いてくれれば。メールしたい。話したい、声が聴きたい。わたしの大事な宝物ちゃん、って言って欲しい。

 このスマホに残してある電話番号にかけても、誰も出ない。そう誰もいない。ママはもういない。

 私は、ひとり。

 世界一美しいと言われるこの街の中で、車の窓から見ていた限り、どこまで行っても似たような景色が続いてた。

 飛行機の上からは平らな緑一色、この市内では高さまで決められた、黒い手すりのアパルトマンが並ぶだけ。

「大丈夫か?」

 スーツの彼が少女の背に手を当てていた。大きな温かいてのひらが触れるのに、がしゃんと割れた音が聞こえそうなぐらい、胸が鳴った。

 はじかれたように体を上げて、まじまじと顔を見た。こんな間近で見るのがはじめてな兄の顔は、特に表情はないが、眉をかすかに寄せている。これは心配していてくれるのかな。考えてみれば彼は最初からずっと、感情を決してあらわにしなかった。口を横に結んだ真面目な目線が、ひたすら少女の顔に注がれている。

 その落ち着きが、静けさが、すっと少女の胸に入ってきた。ここにいてくれる、存在だけでよかった。

 喉から一言、絞り出せた。

「来てくれたんですね」

 兄の唇がわずかに笑顔の形に歪んだ。

「フロントに話してただけだよ。いきなり一人にはしない」

 それきり黙ったまま、少女の背中をさすっている。ひとの体温が気持ちいい。

 もう一度、その声が聴きたい。

 もっと話して。もっと。

 頭痛は、さっきよりもずいぶん引いて思考もはっきりしてきた。

 「今、薬がやっと少しだけきいてきて。もう大丈夫です」

 小さい声でつぶやいた。

「このまま休ませてやりたいけど、せめて外に出てもホテルに帰れるように、周囲だけ歩こうか」
「わかりました。僕は、平気です」
「食事もしないと」

 彼の声は低音のバスなので、耳をそばだてていないと細部が聞き取りにくい。

 深い深い森に投げ込まれた小石が波紋を立てるように、ゆっくりとあとから意味がこちらまで届く。




続く




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Ama Mew(天海悠)
Admin: Ama Mew(天海悠)
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