料亭予定地

愛の鳥   チェックイン 1

2019/07/14
長編小説





 スマホの通知音が小さく鳴って、画面を一瞬だけ開いたがすぐまた閉じた。通知ランプだけが目の奥に残っている。

 兄が聞いて来た。

「連絡、おばさんから?」
「友達です」

 短く答えて手を組んだ。

 小さな機械の固さを腕の下に感じる。返事を待っているのはわかっていた。でも開いたら既読がついてしまう。表示を消そうとして電源ボタンを押す前に、通知バーの文字が目に飛び込んできた。

(ねえ今どこ?めっちゃ寂しい)

 返事ならしようと思えばいつでもできるし、話すことならいくらでもあるのに閉じた。通知ランプの光が閉た扉を叩くように、ねえ聞こえてるんでしょ、まだ?返事してよとせがんでいる。

 こっち夕方だってことは、そっちは深夜だよ。あのこまだ寝てないの?寝れてないんじゃない?

 車が止まり、頭がガクンと揺れた。兄はサイドブレーキを引いてギアを入れる。

「着いたよ」

 路地裏で、縦列を作って並ぶ路駐車の中、兄は器用に車を止めていた。荷物を降ろしながら彼は聞いてきた。

「ともちゃんには返事したの?」
「ともちゃん?」
「友達から連絡来たんだろ。友達だから、ともちゃん」

 急におかしくなって少女は声を立てて笑った。吐きそうに気分が悪いのに、そこだけは笑顔が出た。何のつぼにはいったんだかと、あきれた顔をしているけれど、兄もにっこり笑った。

(この人、笑うんだ)


 薄暗くて見慣れない冬のパリ中心部の持つ意味より、クリーム色の建物のそこかしこに居並ぶ彫刻の魅力より、この年上の兄らしき人のたった一度の笑顔が、少女の目に胸に、くっきりと焼き付いていた。


 兄がチェックインをしてくれている間に、少女はキーだけ受け取った。部屋に先に入ってなとうながされ、機械的に狭いエレベータのボタンを押した。間があって、またスマホを取り出すかどうか、既読を付けるかどうか、少女は迷った。

 毎日、決めてたんだ。連絡しあって一緒にやろうって。絶対ねって。なのにやってない。続きやんなきゃ…勉強。

 頭を振る。違う、だめ。漠然とした不安に襲われた。

 何のために?

 もう、大学なんて行けないかもしれないのに。

 ガタンとエレベータの扉が開いた。新しく綺麗な作りなのに、動きは無骨でぶっきらぼうだった。ちらっと見ると、兄はまだカウンターで何か話しながら書いている。

 少し待ってみたが、行きなさいとジェスチャーでうながされた。




続く




なろうのマイページ
https://mypage.syosetu.com/932660/
細々やってるHP
http://cappella.mitsu-hide.com/
note
https://note.mu/amamiyou
>>最近稼働させはじめたTwitter
@mwagtail30

にほんブログ村 小説ブログへ

スポンサーサイト



Ama Mew(天海悠)
Admin: Ama Mew(天海悠)
へっぽこ自家発電物書き。アニメ漫画書籍全般雑食です。クセ強め。
富野信者。イクニ。古典。児童書。
自分のことは盛大に棚に上げてレビューを書いたりします。

HP(料亭跡地)note(書籍レビュー中心)
Twitter @mwagtail30
長編小説