料亭予定地

愛の鳥   美しい瞳 3

2019/07/09
長編小説





 部屋を一つもらえるのは有難い。本当にばれていないのだろうか?金髪の少年は明るくてしきりと話しかけてくるから、曖昧に受け答えしながら、こちらの方から質問を投げ掛けた。

「みんな車の運転、けっこう普通ですね」

 どんなイメージ持ってたの?と二人ともに笑われた。

「普段はもっと混んでるんだが、今日はすいてる」

 そんな話をする横を真っ赤なシトロエンが、猛スピードでごぼう抜きしていく。

 高速道路を抜けるあたりで車はいっそう増え、高架を目の前に信号で止まった時だった。

 体をこわばらせる暇もなく、道路脇に立っていたアラブ系の浮浪者たちがばらばらと車道に出てきて、信号待ちの車のそばに寄って来た。さっと車内に緊張が走り、日本人の兄は表情を変えなかったが、巻き毛の少年は顔色が変わって動きを止めた。

 なぜか教えられもしないのに、彼女にもシリア難民だとすぐにわかった。子供を抱いてヒジャブをまとった女性がにこりともせずに男たちの後方で棒立ちになっている。夫なのだろうか、若い青年が、彼女よりもはるかに切羽詰まった表情で、車内をしきりにのぞくから、このままガラスを割られて強盗されてもおかしくはない空気だと、少女の額にも汗が浮く。

「ちょっと前まではもっとたくさんいたし、テントまで張っちゃってて凄かったよ」

 運転席の兄がゆっくりと言う。なんの感情も入っていない冷たい声だった。その冷たさと落ち着きが、車内の若者たちの不安を、抑えてなだめた。必要以上に不安になれば、その感情はガラス越しに外にも伝染して、お互いに思ってもみなかったあらぬ事態を誘発もする。

 信号が変わり、車がアクセルを踏んだので青年たちは他の車を覗きこみながら左右に散って離れて行った。少女は窓からそっとうかがう。ヒジャブの女性はとても若くて、遠くを見つめるひとみは澄んで美しかった。彫りの深い色白な肌に、色とりどりの服装は薄汚れていても、まだ襤褸ぼろになってはいない。

 何事もないまま彼らは車の前から立ち去り、上の兄はアクセルを踏んだ。この車の小ささ、古さにもそれなりの理由があるのかもしれなかった。黙り込んでいた車内の緊張が解けて、おしゃべりが戻ってくる。

 パリ郊外の住宅街を抜けながら、「アパルトマンはこの辺だよ」と運転席の兄が言う。巻き毛っ子がドアを開いて降りた。

「またすぐ会おうね」

 あどけなく手を振る。ビルが立ち並ぶ一角だった。

「だけど今日はあんたにはパリ市内に宿を取ってるからそっちに行こう」

 兄は車をさらに進めた。




続く




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Ama Mew(天海悠)
Admin: Ama Mew(天海悠)
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