料亭予定地

「この世界の片隅に」 沼からの考察-3

2017/03/03
映画レビュー




「この世界の片隅に」 沼からの考察-3


 
すずは、広島市江波で生まれた絵が得意な少女。昭和19年、20キロ離れた町・呉に嫁ぎ18歳で一家の主婦となったすずは、あらゆるものが欠乏していくなかで、日々の食卓を作り出すために工夫を凝らす。



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*ここからネタバレを含みます。




しかし、テルの話、今生の別れとなったリンとの桜の会話によって、すずの心は多分、周作も哲も思っても見なかった方向へと揺れていく。

哲はすずに、周作とリンのことよりももっと深い爪痕を残している。
しなくてもいい後悔、常識で考えれば誇りにすべき決断への負い目、それから死の気配だ。

戦時下の異常な空気が音もなく迫ってくる。
兄の戦死、テルの死。

じわじわと、真綿で絞めるように迫る。

そして晴美と右腕。



北條家に居場所を失ったすずは、爆撃機の前に立って、殺すなら殺せ、さあここだという気持ちでいる。

撃たれた時、溝の中で真っ先に耳にしたのが「呉中の軍艦が応戦」であり、すずが注目したのは「哲の羽」だ。

呉の軍艦に青葉がいることを、すずは知っているように見え、哲の戦死を予感している。

彼女の心には、周作の中のリンよりもはるかに強く、現在進行形で哲が刻まれている。
一夜を過ごさなかったこと、なのにお互いの心を確認してしまったことがかえって深い爪痕となったのだ。

(周作がほんとに不憫でかわいそう)



周作にリンの名前を出し、鷺を追い、羽へ注目し、哲を案じて、すずは必死で周作から自分を引き離そう、離れようとしている。

彼女は自立をしはじめている。
何かに頼る生き方はなくて、自分で決める生き方だ。
思考し、決定し、行動する。

彼女は彼女なりに、「最後の一人まで戦って死ぬ覚悟」を持ちはじめる。



広島を経てすずはいよいよ覚悟した。

このまま戦い続け、最後の一人となって自分が倒れる日に、その屍の中に周作も姉も義父母もまた含まれるのかどうかを、すずがどこまで理解していたかは疑問だ。

どこかおかしくなっているすずを、周作は夫としての直観で心配している。

彼は、哲とは違って意識が死を向いてはいない。
すずと共に生き延びる未来を描いている。



すずは、玉音放送が流れる瞬間まで、異様な戦時下の呪縛からは逃れられずにいた。

それは晴美を死なせておきながらおめおめと生き残った罪悪感が駆り立ててのことであるだろう。
哲もリンも、生死も知れない。

畑で流す大粒の涙は、取り返しのつかない死と破壊の中で彼女が彼女なりに必死になって考えて耐えて戦ってきたことすべてを無駄にされた怒りと悟りによるものだ。



だから、哲が生きていたことはすずにとってこれ以上ない祝福であり、呪縛からの解放であり、許しなのだ。
失った右腕も、晴美のことも、すずの中で浄化される。

死ぬ前の一夜を拒否された哲は、死んではならない存在だった。

すずにとっての哲は、後悔と負い目によって特別なものとなっており、これは彼が生きていることでしか解き放たれない種類のものだっただろう。



ところでここまで読んでくださった方、長々とお付き合いいただいてありがとうございました。

もうかなり頭が沸いておかしな状態になっているから許してください。



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 ≫ 「この世界の片隅に」 沼からの考察-4

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この世界の片隅に
 
こうの史代(著)
主人公・すずは広島市から呉へ嫁ぎ、新しい家族、新しい街、新しい世界に戸惑う。だが、昭和18年から描かれる一日一日を確かに健気に生きていく。戦中の広島県の軍都「呉」を舞台にした戦中を生きる小さな家族の物語。


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Ama Mew(天海悠)
Admin: Ama Mew(天海悠)
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