料亭予定地

「この世界の片隅に」 沼からの考察-1

2017/03/03
映画レビュー




「この世界の片隅に」 沼からの考察-1


(2017年 03月 03日の再録です)

もう本当にやばい。

沼にハマりまくって、戻って来れそうもない。

よくあることだが、沼にハマったのであれこれ検索していると、同じようにあれこれ言ったり考えたりする意見を目にすることがある。

そこでヒートアップして、自分の中だけでグダグダと論争していると、その行為じたいによってまた、どんどん沼にズブズブとはまっていくのだー!


 
すずは、広島市江波で生まれた絵が得意な少女。昭和19年、20キロ離れた町・呉に嫁ぎ18歳で一家の主婦となったすずは、あらゆるものが欠乏していくなかで、日々の食卓を作り出すために工夫を凝らす。



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*ここからネタバレを含みます。




しかしどうしてもこれだけは言いたい!

検索していると、原作のすずの「リンさんには何一つかなわん」発言がひどく誤解されているような気がする。

この台詞のおかげで、リンに対する周作の気持ちも異常に過大評価されている。
どこをどう読んでみても、はっきりいって周作がリンをかなり前からほぼ忘れているのは明白だし、すずもそれはわかっていて、でも一人で勝手にモヤモヤしている程度のものだ。



周作は、こともあろうに切り抜きノートをすずに持ってこさせて仲良しデートするような奴ですよ。

ニコニコしながら疎開荷物を納屋に運んで、茶碗なんてすずが見つけなければ完全に忘れていたのは明白。
茶碗を見てはじめて思い出し、そういえばそんなの買ったこともあったなあ……程度。

この時代は物を大切にしていたと思うが、茶碗はすずにやる。
一片の未練があったらそんなことはしない。
嫁になる人が使うようにするつもりで買ったものだから、嫁であるすずに渡すのが、一番おさまりがいいと思ったのだろう。

周作の口から唯一言及されるのは「見るに耐えない」という言葉だけ。



彼にとって昔の恋は「見るに耐えない」ものだ。
それすら花見の時にはすっきりさわやか笑顔。
もう完全にただの昔の知り合いの人扱い。

唯一祝言の席での微妙な顔はあるが、父親と一緒に二人でかなり苦労してすずを探し出す過程があり、すずの父にOKしてもらった後の帰り道では、のんびりニコニコ機嫌良し。
どう考えてもこのすずの嫁取り話の以前から吹っ切ってるのは確実だ。



すずのモヤモヤは、周作よりも、リンの気持ちからによるところが大きい。

はじめて出来たと思っていたお友達がそんなことだったというショックのみならず、すずはリンの様子から、あの切り抜きの相手に対する特別な感情を感じ取っている。

周作はほぼ忘れているか、完全に過去のこととしているが、リンは切り抜きは肌身離さず持ち歩き、「ええお客さん」を言及し人に見せて自慢する。

ここにすずのモヤモヤの根幹がある。

この世のどこかに、夫のことを好きでいる女性がいるというプレッシャーだ。
周作があまりにも普通に幸せそうで屈託ない様子でいるから、あえて問いただし過去を掘り起こすのは墓穴を掘るようなものですずにはとても出来ない。



そしてなぜすずがあのシーンで「リンさんには何一つかなわん」と言ったか?

ここですずは、周作の心がどこにあるか、について言及しているわけではない!

このシーンにおいて最初にすずの回想に登場するのは哲の姿だ。

すずはリンが将校と過ごしているらしき上階を見、それから病気のテルを見、それから哲を思い浮かべている。

赤毛のテルさんは思いつめた水兵と自殺未遂をさせられた。
しかもその後肺炎で死亡している。

リンは泊まりの将校に一晩ついて性的サービスを提供している。

それらすべては、再度あえてこの言葉を使わせてもらうが、もう敗戦の色が濃くなってきたこの日本での死を前にした兵士の慰安のために他ならない。





じわじわと肌で感じられる敗戦の気配。
戻ってくる船。
切羽詰っていた兵隊さん。

すずはそれらを目にして、言葉にはしないが、確かに感じ取っていた。

死を目の前にして命のやりとりをしている兵隊さん=哲、という存在によって、よりその生死のギリギリの場にいて、一時の生=性を求める心を目の当たりにした。
さらにそれを容認する周作を見た。



周作も嫉妬云々は懐に隠して、一応は軍属の者として、前線で戦う兵の最後の願いは汲むべきとするこの時代の空気を読んだ行動を取る。

だが、すずは夫への愛情を優先した。
国だの軍人だのの前に、個人であることを先に立て、哲を人間らしい感情で拒んだ。

哲は当たり前が当たり前とされていない時代におけるすずの「普通」をこの上ない価値のあるものとみなした。
すずは哲を英霊となる存在ではなく、生きた個人として、初恋の大切な幼馴染みとして扱った。

それは一夜の思い出や束の間の快楽などよりもはるかに貴重な、すずが哲に与えた贈り物だったはずだ。



すずとしては、退路を絶って夫婦の絆を深め、りんどう柄の茶碗を本来の持ち主に渡すことで、家から痕跡を消そうとしたはずだ。

なのに、テルのエピソードは、哲を断った意味を今更ながら強くすずに訴えかける結果となった。

”切羽詰まって気の毒だった水兵さん”

なぜ水原哲がこのタイミングで、突然にも、今さらにも、すずの前に現れたのか、すずはやっと理解する。

すずは、あの夜を負い目に思っている。
それだけ哲はすずにとってやはり大切な人だったのだ。

哲は初恋の成就でもあり、両思いの確認でもあり、違っていたかもしれない未来でもあり、女としての自信を取り戻させてくれる相手でもある。

リンが周作にとっては既に過去にすぎない事は二巻中のそこかしこにきちんと示されているが、哲は違う。
はっきり第三者として二人の間に現れた相手であり、三巻の最後まですずの中にくすぶる想いとして残っている。

こっちに比べれば毎日定時に妻のもとへかけつける周作は、とっくに忘れた事を蒸し返されて疑われるわ、エッチも微妙な顔をされるわ、昔の男は現れるわで踏んだり蹴ったりで気の毒になるくらいだ。



その哲をこの時代の空気に従わず断った事は、「ずっと苦い」後悔として、3巻においては次第に哲が肯定したすずの「普通」を蝕んでいく。



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こうの史代(著)
主人公・すずは広島市から呉へ嫁ぎ、新しい家族、新しい街、新しい世界に戸惑う。だが、昭和18年から描かれる一日一日を確かに健気に生きていく。戦中の広島県の軍都「呉」を舞台にした戦中を生きる小さな家族の物語。


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Ama Mew(天海悠)
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