料亭予定地

妄想生活(この世界の片隅に)-4

2017/02/08
映画レビュー




妄想生活(この世界の片隅に)-4


 
すずは、広島市江波で生まれた絵が得意な少女。昭和19年、20キロ離れた町・呉に嫁ぎ18歳で一家の主婦となったすずは、あらゆるものが欠乏していくなかで、日々の食卓を作り出すために工夫を凝らす。



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*ここからネタバレを含みます。




帰っておいでというすみの言葉はすみだけの考えではなくて、父母の総意に違いない。
鬼いちゃんがいれば別だったかもしれないが。

すみはさりげなくすずに伝えてくるように言われたのだろう。
それは娘に対する愛であっても、見ている者にとっては死への呼び声だ。

兄が死んで良かったのは、生きていれば出戻りなど到底許されなかっただろうから。
(はぁ?帰れ!まだ左手があるやろ!とか言いそう)
また、その手の状態で帰っても、役立たずがと罵られそう。

自分にはまだ帰る場所がある。
広島は最後に残された彼女の帰る場所、温かく迎えてくれるよすがだ。
家を壊された人は堂々と出ていけた。
今、ここまでボロボロになるまで耐えたなら、さすがに帰ってもいいだろう。



実家はすずの生活も婚家周囲の人々も直接には知らないから、こうなってはおりづらいだろう戻っておいでと優しく言う。
その「周囲の人の一般的な解釈」がむごくすずを追い詰める。

彼女の世話をするのは娘を失った義姉と脚をいためた義母だ。
介護のために雇われた者が介護される立場へ逆転する。

それでも文句ひとつ言わない義母。
何の態度も変えない義父……。
ケイ子も、娘のことはわだかまりを持っていても、腕のことは口にしない。



生活するのは、北條家すべてでの問題だから、周作とすず、二人の気持ちで解決できることではないのだ。
まだ嫉妬が消えなくても、彼を手放せなくても、結婚と同じく、離婚もまた家と家のすべてを巻き込むもの。

女の魅力がリンにはかなわないと思っていても、周作を疑っても、すずには絵があった。
腕があった。空をなぞる指があった。

その唯一自負していた絵、すずをすずたらしめていたものさえ奪われた。



すずにもリンにも、格差の意識は最初から無かった。
偏見に対して、子供のように無知のままだ。

すずを楽にしたリンの価値観を裏返しにすれば、リンに対してこれ以上ないほど残酷な言葉であったはずだ。
リンの「選べない世界」の過酷さを、すずは思い知ることとなる。

家事も出来ず、晴美を死なせ、不具となり、子供もできない。

周作にとって彼女の価値はすべてが完全に滅びたとすずは感じた。
周作が彼女を呼び寄せた理由はすべて消えた。
彼の言葉はすずの心には響かない。



すずが縛られているように、周作もまた家に地域に立場に、周囲に求められる生き方に縛られていることをすずは知っている。

焼夷弾と空襲は、そんなすべてを壊していく。
口紅も、羽ペンも、横顔のデッサンも。
こだわりのすべて、愛憎のすべては粉々となった。

すずは機銃掃射の前に死んでも良かったのだ。
未練なく周作を解き放って、彼が本当に行きたかった場所へ行かせてあげられると思った。

死=広島こそが真実の、失った彼女の居場所だと感じていただろう。



ぼうっとしてマイペースのように見えるすずは、無理をしていたのだ。
多大なる無理を。

無理を支えていたのは絵の世界だった。
右手が産み出す豊かな内部世界だった。

彼女は支えを失った。





帰る、帰りたいと、一年半を経てやっとすずは自分の声で言えた。
哲のような誰かの腕に頼るのではなくて、待ち望むだけではなくて、ついに自分の口で意思を語った。

すずが知らないのは、絵も鈍感力も気立ても含めた彼女の存在そのものすべてが、この一年半でどれほど北條家の人々に根差し、受け入れられ、愛が育ち、花開いていたかという事実だ。
北條家の人々だけでなく、すずの心にも愛が花開いていたはずだ。
(大輪ではなく、たんぽぽの花のように)

意地悪小姑への独白、「本当に周作に似ている」と、この一言が、すずがこの小姑をどうしても嫌いにもなれず反発も出来なかった心が伺える。



広島のピカについては語る言葉を持ちません…。



誰もが生死不明な中で、青葉とともに生きて帰った哲の姿に、思わぬ喜びがあふれ、絵と笑いがすずの中によみがえる。
哲が生きていた喜びがどれほどのものか、すずをよみがえらせ笑顔を取り戻す力だったか知れない。

映画では、白と黄色のたんぽぽが並んで咲いている。
遠くから来た黄色のたんぽぽがすず、白いのは周作だ。
寄り添って花開いている。彼女が決め、根差した居場所だ。

普通に生きることを許されなかったリン、普通からはずされた哲、普通に育つことを閉ざされた晴美、失われた右手、それでも生活は続いていく。
昔のリンと、広島そのものを映す象徴のような瀕死の少女は、二人の子供となる。



…ぐだぐだ…もやもや…

妄想余地がある作品はすばらしい。
しかし、やはり映画を先にみて良かったと思う。

あちこちで見かけたが、映画→原作→映画(ループ)がベストだと思う。
ここは声を大にして強調したい!

アリーテ姫も見た後、すごくもやもやしながらも幸せに妄想していた。
最近なかった萌えをもらった。すごく満たされている。

重要なのは、この萌えやら妄想が、とても心地よいということだ。これほど幸せな時間を過ごしたのは久しぶりだ。
(今回、再録してる間も幸せだった)

この世界の片隅に、はすばらしい!




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この世界の片隅に
 
こうの史代(著)
主人公・すずは広島市から呉へ嫁ぎ、新しい家族、新しい街、新しい世界に戸惑う。だが、昭和18年から描かれる一日一日を確かに健気に生きていく。戦中の広島県の軍都「呉」を舞台にした戦中を生きる小さな家族の物語。


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Ama Mew(天海悠)
Admin: Ama Mew(天海悠)
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