料亭予定地

愛の鳥   美しい瞳 2

2019/07/05
長編小説





 これでも女なんですって、言おうと思ってたのに言いそびれちゃった。どうしよう。

 この日本人の兄の、もの柔らかで優しい声が思ったよりも深くて気持ちのいい響きなので、動悸どうきがおさまらない。

 叔母に不満顔で口をとがらせ、何度も言った。

「ぜったい、すぐバレるって」
「バレる前に学業だけは修めておきなさい。今はネット環境も充実してるでしょ」

 叔母はすましたものだ。女は嘘をつくのが本性でそこは皆、変わらないのだと思っている。

 駐車場にとまっている小さな古ぼけた車に案内された。石畳の国で冬は冷え込むと聞いていたのに、それほど寒さを感じない。ダウンジャケットやヒートテックなどいらないぐらいだった。

「今年は特に暖かいんだ」

 ロシアのハーフの子がにこやかに言う。荷物をトランクに押込みながら兄が声をかけてきた。

「高速を使うが、カバンは膝じゃなく、外から見えないように必ず下に置いておけよ。強盗が多発してるから」

 その指示に、すっと胸が暗くなった。

 着陸の揺れに酔ったのがまだ治らず、頭がひどく痛んでパリへの道がおぼろげだ。木が黒々として細いシルエットだなとだけ、ぼんやり思う。道行く壁には、よく港湾部の倉庫や高架下にありがちな落書きがある。どこも似たようなものだ。

 車で見る道路の景色は、右左が逆な他は日本とあまり変わらない。ただ、山がないだけだ。

 プジョーの小型車の運転をしながら、スーツの兄が言う。

「大人しいね、大丈夫?」
 思いきって声を出した。
「どうして、面倒見てくれるんですか」
 巻き毛の男の子は完全に流暢な日本語で、外見をのぞいては日本人としか思えない。笑顔で運転席の兄を肘で突いてこちらに笑いかける。
「おにいは面倒見がいいんだよ。純日本人だからかな。几帳面だよね」
「そんなことないと思うがなあ」
 パリ市内が近づいたのか、車が増えてきた。生活しているのだから当たり前なのだろうが、左右逆の道路を難無く抜けていくのに感心する。ハンドルを回しながら兄は説明を続けてくれる。
「住むアパルトマンは、オヤジが二階を借りきってる。だから部屋はあるよ。この子のロシア人の母親が、寮長みたいなことやってくれる。無愛想だけど食事は食えるよ」
「何人いるんですか?」
「今はおれたちあわせて三人、あんたで四人、たまに、ふえたり減ったり」
「本当にそんな人がいるんですね」
「他人事みたいだね、お前もその一人だろ」
 かすかな皮肉を感じる余裕もなかった。放った当人も感じさせない声音だった。




続く




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Ama Mew(天海悠)
Admin: Ama Mew(天海悠)
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