料亭予定地

【この世界の片隅に】 原爆のヒロシマでなかった広島

2018/08/02
映画レビュー




【この世界の片隅に】 原爆のヒロシマでなかった広島


(2018年 08月 02日の再録です)

何故か唐突にものすごくアクセスが上がっていた。
ドラマの影響だろうなきっと。

それなのにリチャードリチャードバッキンガムバッキンガム…。
でも「この世界の片隅に」に関しては、原作でもドラマでもなく、アニメ映画派。

しかし、新エピソード版を見に行くかどうかは微妙だなあ
もう、あまりにも良かったから、あそこで完結してもらいたいの。私は!




 ≫ 映画の感想記事


*ここからネタバレを含みます。




ドラマといい、映画に加わった新エピソードといい、リンさんは本当に罪な女だなと思う。

みなさんきっと、すずと周作に萌えつつも、喉にひっかかった魚の骨のような何とも言えないモヤモヤを払拭したがっているはずですよね。

だって私だって、払拭したくてあーだこーだ考察をしたんだもの。


そして一番言いたいことは、とにかくこの作品の見過ごされていること。
もっともっとクローズアップして欲しいのは
「原爆のヒロシマでなかった広島」を緻密に表現し、描いたことと思っている。

原爆のヒロシマより前に、そうでない広島があったことはあまりにも強烈な故に忘れ去られがちだ。

熱戦と放射能によって消え去ったものもあるけれども、そこに確かにあったという、静かで控えめだが強い確認を、主張をする。

そこにこそ、「この世界の片隅に」の映画の意味、真髄があると思っている。

受容的で内向的でありながらも、絵として確かに残る才能を持つすずさんがそれを体現しているのではないか。

絵と晴美ちゃんを奪われたすずさん
広島を奪われたヒロシマ

失われて決して戻ってこないもの。

けれども、「なかった」のじゃないから。人はみな死ぬから、死を迎えたことそのものは過去の歴史と変わりはない。

けれど、消滅というより蒸発してしまったかのように扱われているようにも思う。
ことほどさようにも深い傷であったし、ある意味確かに蒸発なんだけれども、でもその前の生活は確かに存在していた。

忘れられがちだし、失われたことばかり注目されがちだが、何かをこの映画は思い出させてくれた。

昨今の震災でたくさんのものも失われた。
私も阪神大震災を灘区で経験した。

けれど、この世界の片隅にの失われる前の広島の表現を見た時、まるで震災前の大好きな神戸が自分の中によみがえるような気がした。

その時に思ったのだが、なくしたことを糾弾するのは当たりまえの手段だがこういう手法での主張もあるし、それは思ったよりずっと優しい傷の受け止め方であり、静かで確固たる主張でもあるのだなと。

だからその部分をこそ、監督も誇りとしてもって、ズームしてほしいなとも思う。


 ≫ 映画の感想記事

 
すずは、広島市江波で生まれた絵が得意な少女。昭和19年、20キロ離れた町・呉に嫁ぎ18歳で一家の主婦となったすずは、あらゆるものが欠乏していくなかで、日々の食卓を作り出すために工夫を凝らす。



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Ama Mew(天海悠)
Admin: Ama Mew(天海悠)
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