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【細川忠興】  鬼と蛇 細川家資料の二人をふたたび検証-2 【ガラシャ夫人】

2021/05/01
歴史




【細川忠興】  鬼と蛇 細川家資料の二人をふたたび検証-2 【ガラシャ夫人】

続いて、別説の1,2、3をせんでもいいのに、さらに細かく検証。



*ここからネタバレを含みます。
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【細川忠興】  鬼と蛇 細川家資料の二人をふたたび検証-1 【ガラシャ夫人】



 
Kindle版 司馬遼太郎 (著)
十六世紀末、朝鮮の役で薩摩軍により日本へ拉致された数十人の朝鮮の民があった。以来四百年、やみがたい望郷の念を抱きながら異国薩摩の地に生き続けた子孫たちの痛哭の詩「故郷忘じがたく候」。細川ガラシャの薄幸の生涯「胡桃に酒」を収録。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





次は、別説1

一説に、忠興君が御手討に被成なされそうらふ者の首を、上様(ガラシャ)、常に御座候ござそうらふ所の棚に御上置おあげおきしそうらふを、いつまで御取除おとりのぞき不被成なされず、後は忠興君も御迷惑におぼし召しそうらふよし、幽齋君、御詫おわごとにて御取除おとりのぞき被成なされそうろう云々うんぬん


これは、さきほどの本文に付随した別情報なのか、それともまったく違う話なのか、すべてが不明。

しかし、下に「またまた一説」「また一説」と続く所を見ると、たぶん別案件なんじゃないかなと思う。

幽斎・忠興あたりの話については、江戸時代初期に編纂された綿考輯録は、噂話や他の資料からまとめているので、噂話のレベルにすぎないと思うのだが、それにしてもガラシャの前でばかりお手討ちしすぎ。

のちの人も、ガラシャ夫人の見事な所を表現しようとして、色々とエピソードをご披露した結果、忠興がいつも夫人の前でよくお手討ちしてたことを露見させてしまった。

このあたりが、やはり読んだ人は、忠興なんでそんなガラシャの前でばかりお手討ちしてんの?
と疑問を持つ所だろうと思われる。



そこに、次の「別説」がある。

別説2
又また一説ニ、御前ごぜん様(ガラシャ)と御一所におハします候ふ折節おりふし、御居間の屋根つくろひのみぎりなりに、如何いかがいたし候哉そうろうや、壱人不図ふとすへりて御庭に落ちけるを、忠興君、早速、其者の首をね、御前様の御膝の上ニ投げ掛けさせ給ふに、少しも御驚き不被成なされず候、此の御手討は、御夫婦被成なされ御座候ござそうろうを、屋根葺者落ちて見たりしかハ、他へ語るへきをいませ給ひけるゆえなりとかやと云々


でた「屋根からすべって落ちて来た」者。

さっそく首をはね、とか、首をガラシャ夫人の膝の上になげかけたとか、猟奇的なのですが、ボールのように受け止めたんだろうか…。

こっちも猟奇的。
そして「少しも驚かなかった」

猟奇的な彼氏と猟奇的な彼女。

しかし、注目したのはここ。

御夫婦被成なされ御座候ござそうろうを、屋根葺者落ちて見たりしかハ、他へ語るへきをいませ給ひける


御夫婦被成なされ御座候

被成なされ御座候

何を…?

何をなされてたの?
ご夫婦なされてたって何?

気になって三度見ぐらいしてしまった。

きっとこれは、仲良くお話でもしてたんでしょうね~。
いちゃついていたことは間違いないので、それ以上は詮索せずにそっとしておくことにしましょうね~(棒読み)。





別説3。
これはほんとうにひどい。

又一説ニ、御一所ごいっしょにて御膳被召めされ上ぐる候に、上様の御飯中に髪の毛一筋ありけるを、御はさミ中椀に入れ、ふた被成なされ候、是、御台所人迷惑にならん事をいとはせ給ふ故也、忠興君、御覧ごらん被成なされ、髪毛有之候故、さては台所人を御かはひ被成なされ候とねたく思し召し、走り出給ひ、御台所人の首をきり、御前様御膝の上に御置被成なされ候ふを、何とも仰られす御膝をも直されす、終日まし/\候ヘハ、忠興君麁忽そこつの御ふるまひを悔やませ給ひしかども、彼の首を御取退おとりのぞきなされるへき儀なくして、幽齋君ニ被仰おおせ候て御取除被成なされ候と云々


一番ひどいのではないだろうか。

しかし、割とよくネットでも紹介されているエピソードではある。

料理人をかばったのを「ねたくおぼしめした」

しかも、お椀に髪の毛一筋が入っていたのを隠したから?

ガラシャは、忠興がまた激しく叱責したりするのを防ぐつもりのやさしさだったのだろう。
しかし、これが裏目に出た!
忠興は、ガラシャが誰かほかの人に思いやりをかけるのが我慢ならない(と考えるしかない)。

これは、ガラシャは怒って当たり前!

しかも、これもまた「首を膝の上に置いている」

血もしたたる生首なのだろうから、女性陣ばかりの奧屋敷でもこんな所業を繰り返している忠興が、侍女たちからどんな目で見られていたか想像に難くない。

「終日」なので、一日、ずっとガラシャは膝も崩さずにその首を持っていた。

幽斎をどうやって呼んできたのかわかりませんが、近くにいたのかもしれない。
京都の周辺をウロウロしていそうなイメージだ。



さてこの記録、ものによっては「秀林院さま」と呼んだり、「伽羅奢さま」と呼んだり、呼び方が一定していないのだが、おおむね切支丹に改宗した前後のことではないかと言われているらしい。

ピリピリしていた忠興が、何がなんでもたまのそばに誰か来たり、たまに関わったりすることを恐れていた…のかもしれない。

この何ともひどい3つ目の説をご披露したあとに、綿考輯録は唐突に、夫婦の贈答和歌を載せて〆にしている。

あるいわく、忠興君或夜あるよ秀林院様(ガラシャ)の御殿に入らせられて
 小夜さよふけて入たき物は何やらん
と仰けれハ
 灯火消てねやの月かけ
と御答被成なされ候と云々


は?

いきなりの仲良し?

こんな殺伐とした、首がどうとかお手討ちがどうとか、着替えないとか、そういう話を「一説、一説」と言いながら次々と聞かしといて、いきなり
ほんとうにあの二人、メッチャ仲良しでした♡
的な贈答歌されても頭に入ってこないわ!

「ある人」が言ったとふんわりと紹介されてますが、こんなんを見知っているのは侍女しかいないはず。

まあ、仲良しで良かったねというか、あまり深くこの和歌の内容に突っ込むつもりもないのですが、忠興は父の幽斎とは違って、和歌はあまり得意ではなかったと言われている。

この歌は、(本当に忠興が詠んだとすればの話ですが)、ちょっと気になるのは
「入りたき」
とは何ぞ?と思います。

「入りたる」だったら良かったのになあ

「入りたい」というのが、入ってもいいかな?いいかな?とちょっと可愛く媚びているようで、今までのオラオラ系の猟奇的な嫉妬深い夫のイメージと180度か540度ぐらいまわりまわって真逆のようなイメージだ。

ガラシャの返事に関しては、さすがと言うしかないすばらしさで文句のつけようがなく、さすが光秀の娘と言うような当意即妙の教養に満ちている気がする。
よくわからないけど。

これを読みながら、こういう会話を、
幽閉時の山の中で行ってたら萌えるなあ
と思ったりした。

殺伐とした生活の中にも、夫婦の情愛がある…。

しかし、幽閉生活の中でこんな風にいちゃつかれたら、
光秀は死んでも死にきれないだろうな
と思わなくもない。

やはり却下かな。








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Ama Mew(天海悠)
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