料亭予定地

愛の鳥   グリーン・グリーン 2

2019/06/19
長編小説






 わかっている。これから直面する一幕が怖いのだ。迎えに来ているはずの人たち、兄であるかもしれないし、ないかもしれない者がそこにいる。

 待たせちゃったかな。待ってないかも。いらいらさせてたらどうしよう。

『そのまままっすぐ来れば分かるはずです。難しい空港ではありません。人の流れに添ってそのまま歩いて来て下さい』

 短いけれど丁寧な文面が、気さくな調子であるよりもありがたいと思っていた。

 迎えの車や飛行機について事細かなやりとりをしている時、少女はこのディスプレイの向こうにいるのは父かもしれない人なのかと思っていた。

『あなたがお父さんなんでしょうか』

『僕は違います。君の兄の立場にあたります』

 日本を出る直前に知った。

 落ち着いていて丁寧な、子供に道理を解いて聞かせる語り口の文だった。どんな声の持ち主だろう。姿かたちより何より、あの文面が唇から離れて音になった時の響きが知りたかった。

 スーツケースをぎごちなく引っ張って、メッセージの文面に忠実に、人波にひたすら付いて歩く。

 頭の痛みのさらにその向こうにもう一つ、涙が鼻を伝って塩辛い筋を残した。ここで立ち止まれない。少女は書類を握った方の手の甲ですばやくぬぐった。

 ここにあるべきだった何か、二度と戻ってこないのに、受け入れられない何か、考えないようにしていた何かが戻ってくる。

 だめ。

 戻って来ちゃだめ。

 いつも包んでくれていた、鼻を埋めて目を閉じる場所だ。真っ白な、染み一つない笑顔、どんなに怒っていても、喧嘩をしても、最後は必ずその柔らかい無私の幸福の中に戻る。

 二人、二人きりだった。

 ここからはもう、ひとりで行かなければならない。

 今はこの男姿が有り難い、と少女は思い、背筋を伸ばした。



 前を向いて進まなければ。女でいたいあたし、ママの可愛い娘だったあたしが、これ以上置いてきたものを叫び出さないように。ママが大好きだった髪、いつも撫でて唇を寄せ、いては結んでくれていた髪を切り落としたように。




続く




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Ama Mew(天海悠)
Admin: Ama Mew(天海悠)
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