料亭予定地

愛の鳥   フライングダッチマン 3

2019/06/08
長編小説







「こたつに入りてえなあ」

「アマゾンで買えば。うちは、置いてるよ」

 そこからはブーツの彼女を囲んで、話にも花が咲いた。

 ああ、もう楽しくない、と彼は思った。

 最近、何も楽しくない。自立してますって顔が、ファッションもセンスもばっちりです、街角情報くまなくチェックしてますポーズが。指先の動き一つにこだわった仕草が。

 視界は煙り、議論好き、話し好きの国民性とあって、どこの席からも話し声が絶え間なく轟いている。

 この国の空気にも、垂れ込めた重苦しい悲哀にも、エスタブリッシュメント、自立に自己主張にも、少々、食傷気味だ。

 あとは何も言わずに国外での狭い日本社会を眺めていた。こうなると、議論をやたらふっかけて長話をしてくる『外国人』のほうがかえっていい。

 うす空に石畳がぼんやりと浮かび上がり、空気は冷たかった。

 パリ市内に入ったのは久しぶりのことで、普段からほとんど寄り付かない。歴史的建造物にたいして興味もなく、ありがたみがわからない。

 カエルがブーツ女に意地悪く、皮肉に、突っ込まれているのを見た。またこっぴどくやられてるな。ブーツ女はカエルを好きじゃないが、カエルはブーツ女ばかりを食い入るように見ている。飛び出しそうな目に彼女はここまでというほど残酷になる。たじたじになってのっぽにからかわれる。いつもの景色、代わり映えのしないいつもの会話だ。

 衝動にかられ、唇が動きかける。

 あんたら、いつまで、ここにしがみついているつもりなんだ?

 ぎょろりとした目の分析屋は古物商で、常に食うや食わず、このご時世に暇なので観光客相手に案内人のバイトをしていた。収入はガクンと落ちているはずだ。春節の中国人が来なければ危ういだろう。彼らの強固で独自のネットワークからおこぼれを拾う。そうそう、うまくいくとは思えない。

 額が広いと言えば聞こえのいい、のっぽでバツイチの同僚は最近、養育費の支払いをやめた。

 会わせてももらえなければ、話もしたことのない、血が繋がっているというだけの少年に金を払い続けるのがばかばかしくなったのだ。それは幻で現実ではない。それよりも、ネット越しに知り合いになった女子大生の方がずっと重要なのだ。今度会いに来るはずだったのに、今回の騒ぎで中止になったと残念そうに言う。

 ここは穴だ。

 きっと、日本へ戻って忙しく立ち働くビジネスマンたちと新橋で飲んでいても、そう感じるだろう。

 穴は、彼の胸にあいている。

 だからって、吹きすさぶ胸を抜ける風が虚しく居心地が悪いだけとも思えない。最初からなかったら、そういうものだと思っているだけだ。

 彼の父と同じで皆が幻を追い、おのおの闇の中で手探りしている。彼が言う『その女』が、彼や彼の父親に限らず、どこのどんな誰にとってもなのに、と彼が思っていることを、わざわざ声高に知らせる必要はない。

 目を閉じればここは大海のただ中で、ふとぼろぼろの船が視界をよぎって消えていく。

 さまよえるオランダ人だ。

 しのつく雨をものともせずに前を見据え、幽霊船の船首に立ち微動だにしない。

 雷が轟いて、閃光がオランダ人船長の顔を照らし出した。真っ白な顔の中に真っ黒な眼窩がんかがぽっかりと開いている。

 彼はもう既に死んでいるのに、自分だけは気付いていない。そして、探して、探して探し続けている。うっすらと開いた目の火がぼやけてにじみ、消えていく。

 話し続けている友人というよりは知人と言いたい仲間たちの眼窩も、穴があき、剥き出しの歯が微笑んでいた。

 セーヌのたもとに、遊覧船の光がちらちら、ゆれている。もし、その女が存在するものならば、彼女に最も近いのは父親である気がしている。そしてさまよい続けた果てが例え海の底にすぎなくとも、魚たちに囲まれたそれなりの安寧を、彼なりに祈っていた。








続く




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Ama Mew(天海悠)
Admin: Ama Mew(天海悠)
へっぽこ自家発電物書き。アニメ漫画書籍全般雑食です。クセ強め。
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