料亭予定地

愛の鳥   フライングダッチマン 2

2019/06/04
長編小説






 容姿がずば抜けてよくなくても、女たちの『可能性』に入れてもらえるか、もらえないか、の境界線があった。人それぞれと一概に切って捨てられない不思議な線で、髪型、服装、こだわりやクセや、細かなチェックシートにかけられ、空気、という言葉で採点され、取捨選択されていく。

「オヤジとは違う。ちゃんと誠実にしてる」

「結婚する気ないのに?こっちの価値観に染まりかけてない?」

「付き合いの延長に、すぐ結婚て言葉が出てくる意味がよくわからない。フランス流とかもわからない。こっちを拠点にしたのもせいぜい二年だしね」

 ぎょろりとした目をむき出して身を乗り出した彼は、手を平たくテーブルに付くしぐさはカエルにそっくりになる。

「親父さんに内心、反抗してるんじゃない?次々に結婚して子供、してなくても子供、種を撒き散らしまくってて、心の底では嫌悪感を抱いてるんだろう」

 彼は至極真面目に聞いていた。

「まずは、親と自分は別人格だって自覚しなよ」

 背もたれに体をゆだね、深く椅子にかけたので、タートルネックのセーターに顎が埋まった。用心深く、答えを返す。

「オヤジは最低の人間だ。それでも、おれはおれなりにオヤジを擁護する。あんな風になりたくないし、なる気もないが責任はしっかり取ってる。誰にも文句言われる筋合いはないよ」

「女性嫌悪ミソジニーだ。根底にある。女をとっかえひっかえしながら、復讐をしてる」

 黒目がきらりと光ってカエルは黙った。

「おやじは超の付くフェミニストだよ。そこまで?ってぐらい」

 その間、分析に興味のないのっぽは、給仕係を捕まえて声高に料理の催促をしていた。

「あの男は、これは、って相手が欲しいんだ」

 外は暗い。見通せない暗さの中に、電飾の光がシートに遮られ、入って来れずに拡散している。彼の拳が握られて広がるのを見て、カエルはのっぽが全く気付かない彼のいつにない真剣さを知った。こんな風に話すのは珍しい。

「いくら最低と言われても、不倫だの浮気なんて言葉も最初から辞書にない男でもな、いざとなればどうしてもこの子じゃなきゃダメだ、この子のためなら命も投げ出す、浮気だって絶対しない、ってなる時はある」

 熱心に耳を傾けているカエルの紅潮した表情に、彼はひどく冷たくほほえんだ。

「そんな相手、現実にはいないのに」

「理想が高すぎる?」

「あらゆる国籍とタイプを試してる。理想の問題じゃない」

「頭の中にある幻を探してるんだな」

「違うって。わかるかな。完璧な理想が最初からあるわけじゃなくて、付き合ってみて暮らしてみて、それからある日突然気付く、ていうようなのだよ。おやじはどうしてもあきらめないんだ。こうして失敗の結果がやってくる。何を言っても無駄なんでね」

「女嫌いは実はお前か?」

「いや別に。そりゃ一人でいるより、女性といるのがいいに決まってる。だが現実に相手がいないだろ?」

「ねえ、また集まって悪巧みしてる?」

 のっぽが指を唇にあてている手に気付く間もなく、もう一人、この街に残る『邦人女性』が到着した。ゆっくり、コートを脱いで髪を両手で首筋の後ろに回して振り、席に座るまで皆が行儀よく黙っていた。

 今夜が夏でここがテラス席ならば、ここでシガレットケースを取り出し、優雅な仕草で煙草に火をつけていた。ゆっくりブーツの脚を組んで後ろにもたれて首をかしげた。

 どうぞお話を続けて?と言わんばかりの沈黙の中に、カエルの声が響いていた。

「お前は中途半端なんだよ。責任て言葉に背中を完全に向けられるほど不誠実にもなれないんだろ」

 のっぽと新顔女性が顔を近付けて小声で話して、彼女は心得顔で頷いた。彼はカエルの評に対して真面目に言う。

「確信してる。“その相手”はいない」

 外からバックライトがまたたき、シートを通してグラスに煌めいた。

「なれる可能性をかけらでも持った存在すらいない」

「愛は育てるものよ」

「育てたいと思わせるきっかけすらない。もともと芽どころか種さえないものを、ねだっても仕方ない」

 のっぽとブーツの女は、その女とは彼の父親にとってのものと受け取ったようで、カエルは友人の彼自身の事を話していると心得て同情的に言った。

「オヤジさんよりお前の方が根深いね」

「そうかもね」

 カエルはブーツの端をちらっと眺めて顔を赤らめ、自嘲的に呟いた。

「こっちは取捨選択される側だから、誰にだって選んでさえもらえれば喜んでって気持ちはあるよ」

 彼は笑顔になると、カエルの肩を大きく叩いてやった。自国でやればきっとひどく奇妙に映る、海外で覚えた仕草だった。

「お前ほんといい奴なのにな。しゃべりすぎなければ」






続く




なろうのマイページ
https://mypage.syosetu.com/932660/
細々やってるHP
http://cappella.mitsu-hide.com/
note
https://note.mu/amamiyou

にほんブログ村 小説ブログへ

スポンサーサイト



Ama Mew(天海悠)
Admin: Ama Mew(天海悠)
へっぽこ自家発電物書き。アニメ漫画書籍全般雑食です。クセ強め。
富野信者。イクニ。古典。児童書。
自分のことは盛大に棚に上げてレビューを書いたりします。

HP(料亭跡地)note(書籍レビュー中心)
Twitter @mwagtail30
長編小説