料亭予定地

愛の鳥   フライングダッチマン 1

2019/05/31
長編小説







「弟がまた増えるらしいんだ」

 考え深げに友人に言った。

 オデオン座近く、表には黒板に無造作に白字を入れただけの看板があるカジュアルなカフェで、集まった数名は皆、日本人の在留者仲間だった。各々、仕事をはじめとしたそれぞれの理由により滞在を続けている。

 今日はここ一ヵ月ではありえないほど、ここまでというほどの人で賑わっていた。だが観光客の姿はまばらで、道行く人々の表情は険しくて固く、通り過ぎる銃を構えた特殊部隊の兵士の姿が物々しい。

 彼を含めた在留者たち三人は、カフェ内のテラス席に座っていた。冬場は、テラス席もすっぽりと半透明のビニールシートに覆われ、軒先に備え付けられている暖房機の熱気があるから、寒さはまるで感じない。その代わり、景色は曖昧模糊としている。シートが開いては人が入り、また閉じていく。彼はそのたびにちらりと外へ目を走らせた。

 のっぽで顔の長い友人が笑って答えた。

「また生まれるの?それとも見つかったの?」

「見つかった」

 彼は、手つかずだったグラスを手にとって中身を含んだ。もう氷も溶けている。すうっと何気なく空けてから言う。

「十四。中学生だって」

「次から次に出てくるなあ」

「母親が死んだんだ。親戚は面倒見れないって言うが、放り出すにしたってこんな所にまでやるとはね。振り回されるのはいつだって子供だよ」

 彼とのっぽはスーツ姿だったが、話を聞いているもう片方の男はラフな革ジャン姿、ヒーターのお陰でそこそこ暑いのにマフラーを目深に巻いていた。覗く瞳がぎょろりとしてずいぶん老けている。所見では年齢はわかるまい。靴もズボンも随分古ぼけていたが、それでさえ風情に変えるのがこの街だ。

 のっぽはネクタイを締め、格好はぱりっとしているが広がった額にはぼんやりとした灯りが光っている。

「また親の尻ぬぐいかよ。子供の世話なんてお前、仕事もテロの影響で大変になってるだろ、大丈夫?」

「暇になってるから、学校の手続きをやってやるくらいの余裕はある」

「こんな時期にだぜ。ありえないね」

「その子は日本で一人暮らししたいんだとさ。カネの無心だろ。ま、義務だから」

「十四じゃねえ。日本でひとりも微妙だな」

 のっぽが口を出した。

「ドライだな。今時、パリに憧れる子供なんていないか」

 ビニールシートが開き、外の冷気がまた流れ込んで来た。ぎょろ目が身をすくめるマフラーは褪せて灰色に近い。

「オヤジに会って話をしたいってよ。直談判だな」

「思春期か、やだなあ」

「自分の引きずってる記憶が身につまされるから」

「本物の中二と、永遠の中二」

 独身の三人組は笑った。上から降りてくる、霧のように包むこの異国の空気、吸って飲んでいれば、いつしか手には鱗が生え、目がぎょろりとしてここでしか住めない魚となる。

 もうどこにも行けない。

 外にまた背中に銃が揺れる人影が通り過ぎるのが見えて、彼らは沈黙した。三人の中でも特に彼はそちらを見もしなかった。ぎょろ目がそんな彼をちらとうかがう。何に対しても動じない所が彼の最大の特徴で、人によってはよそよそしく、取っ付きにくく見えないこともない。

「親父さんはともかく、お前はどうなん?」

 彼は簡潔に答えた。

「相手がいない」

 のっぽがぎょろ目に目配せをする。

「日本でお前を待ってる子とか、いるんじゃないの?」

「結婚はない」

「相手は何て言ったの?」

「そういうのもありだって」

「お前、本気にしてるわけじゃないだろ」

 かすかな妬みを隠してのっぽが呆れたように言う。






続く




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Ama Mew(天海悠)
Admin: Ama Mew(天海悠)
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